日々の泡

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【映画】「しゃぼん玉」感想

◼評価
 ★★★⭐(3.5/ 5.0)

◼感想

 最初、ひねくれ者の私は「これってよくある、すれた都会の若者が田舎に癒されて、人生を見直す話でしょ?」と、思い切り高を括って鑑賞に臨んだ。
 そして実際、ストーリーの大筋はその通りだった。だが観終えた後、予想外にも胸にこみ上げる温かいものに包まれ、私は幸せな映画体験を得ることができた。
 それは実際、舞台の宮崎の山間部の自然の風景や、スマを始めとする田舎の人々、この映画が映す様々な要素が美しく温かで、実に魅力的だったからだ。主人公ではなくても、こんな環境に身を置くことになったら、きっと心を解き放ちたくなるに違いない……そんな風に思わせられる程、この映画が映す景色と人には、説得力があるのだ。

映画『しゃぼん玉』


 あらすじは、女性や老人ばかりを狙った通り魔やひったくりを繰り返す青年・伊豆見(林遣都)が、逃亡の末に宮崎県の山深い村にたどり着くことから始まる。山中を彷徨ううちに、怪我をした老婆スマ(市原悦子)を発見し、彼女の家に世話になることになる。最初は金を奪い逃げるつもりだった伊豆見だが、スマら村人たちと交流するうちに、人間らしさを取り戻していき、自ら犯してきた罪の数々を後悔するようになっていく……というもの。

 第一に、宮崎の山間部の村の風景が素晴らしい。山裾に広がる段々畑と、それを見下ろすスマが住む古い一軒家。早朝、藍色の空気の中で、山間を埋め尽くすように広がる雲海。温かな陽射しに映える木々の色を見ていると、緑の空気が肺に広がる心地さえしてくる。
 次に、なんといっても、そこに住む人々が温かい。ほっこりとした宮崎弁を喋るスマ(市原悦子)は、本当にその地で長年過ごしてきたような、リアルな存在感がある。誰にも信じられず孤独に生きてきた伊豆見を「坊」とスマは呼び、包み込むような優しさで接する。実際の孫のように扱われるうちに、伊豆見自身がスマに心を開いていく過程に、鑑賞中なんどもニッコリとしてしまった。
 脇役の存在感も素晴らしい。厳しいが面倒見のよいシゲ爺や、スマの友人である明るい老婆たち。傷を抱えてきて都会から戻って来た美知など、役者がのどかな風景にピタリとはまり込んでいる。
 市原悦子の自然な空気感をまとった演技は流石だが、主演の林遣都も良かった。少年性を残した彼の顔立ちが、見捨てられた子供から大人になりきれない主人公像にピッタリ。どこか幼さを残した彼だからこそ、スマが孫の様に愛情を注ぐのが分かる。

 そして、ひたすら癒しに満ちたまま話が終わるのかと思いきや、そうはならない所に、この作品の奥深さがある。
 物語の後半、人間性を取り戻していった伊豆見は、ある事件をきっかけに、ただのお人好しの婆さんと思っていたスマの過去、彼女の孤独と後悔を知ることになる。明るく優しいスマが、取り返しのつかない過去を抱えていると知った時、伊豆見は自ら犯してきた罪の加害性に向き合う決心をすることになるのだ……。

 きっと、こんな理想郷のような田舎は存在しないのだろう。ファンタジーなのは、よく分かっている。田舎には都会とはまた別の息苦しさ、田舎の生き辛さがあるはずで、それはこの映画では描かれない。
 しかしそれでも、こんな田舎ファンタジーが、たまにはあっても良いじゃないか。そんな風に思える、温かで優しい映画だった。