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【映画】『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』(キンプラ)初心者向け感想

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■評価
 ★★★★★(5.0/5.0)

■感想
 感想を書くにあたり、私には、この映画の素晴らしさを描写するだけの文章力が無いということを、最初にまず明言しておかねばならない。私の言葉では、この壮大すぎる映画の魅力を語り尽くせない。だが、こんな唯一無二の感覚を体験をさせてくれる作品を語らずして、他の映画の感想を書くことなどできない。
 この作品を、従来の映画の尺度で評価することは難しい。これは、映画という枠を大幅に逸脱した、新しく圧倒的な映像体験だ。そのため、私はこの新しい表現に対する語りを、まだ獲得できていない。
 公開から一週間を経て、私はすでに三回鑑賞したのだが、なかなか感想を書けなかったのは、その為である。先週末の公開初日に一回目を観終わった瞬間から、すぐ二回目が観たくなった。二回目を観れば、この映画を観ていない時間が苦痛になり、気が付けばもう一回……という風に、つい劇場に通ってしまう。このような中毒的な症状は現在も続いており、おそらく私は今後10回以上はこの映画を観に劇場に行くことになるだろう。

 昨年1月に公開された前作『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(通称キンプリ)が、「応援上映」という全く新しい鑑賞方法を確立したことは、日本の映画史、アニメ史に残る、ある種の革命であったように思う。去年、数多くの人々が一度の鑑賞に飽き足らず、何回、何十回と劇場へと足を運び、「キンプリ」は1年にも渡るロングラン公開を実現した。そして、私もそんな観客の一人であった。
 前作キンプリは、公開当初わずか全国14館のみで上映され、興業的に苦戦し、続編制作の目途も立たなかった。しかし、Twitter等のSNSによる口コミで徐々に興行収入を伸ばし、結果として当初予定されていた3000万円を大幅に超え、最終的に興行収入8億円を達成した。
 多くのファンは、キンプリという新しいエンターテイメントの魔力に半ば中毒状態になり、何度も劇場に通った。と同時に、ファン達は一回でも多く自分が映画を観ることで、興行収入を増やそうとし、それにより続編が制作されることを切に願った。
(因みにこういうキンプリ中毒者は、尊敬をこめて、プリズムエリートと呼ばれている)

 そんなドラマティックな経緯を経て、今月、ファン達の願いは実を結び、この続編『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』(通称キンプラ)が公開されるに至ったのである。
 そして、続編であるこの『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』は、前作を更に上回る猛烈な中毒性を持つ、エネルギーに満ちた傑作となっている。
(公開初日に観に行った際、応援上映ではない通常上映だったにも関わらず、上映終了後に客席から拍手が起こったのは、初めての経験で、涙が出そうになった)

 演劇の世界では、ファンが公演中何度も同じ舞台に足を運ぶのに対し、通常映画ファンは、面白いと思った映画でも、あまり何回も同じ映画を劇場で観ようとはしない。しかし、キンプリ、キンプラのファンは何回、何十回も劇場に足を運ぶ。
 知っての通り、映画は舞台と同じく時間と空間の芸術であるが、生の演劇の舞台とは明らかな違いがある。映画は基本的に二次元の壁に縛られており、観客は常に受け身の形で鑑賞をする。しかし、前作で「応援上映」という新たな鑑賞スタイルを確立した通り、キンプラは従来の映画が負っていた「二次元の制約」に縛られない。あらかじめ観客という存在を映画内に盛り込み、彼(彼女)らからの反応を予想して制作されたこれらの作品は、二次元でありながらも、限りなく三次元的なエンターテイメントになっている。
 キンプラの魅力の一つは、アイドルライブとアイススケートを組み合わせたような、「プリズムショー」という競技にある。劇中で「プリズムショー」が披露される時、劇場の観客達は、劇中にいるプリズムショーの観客達として映画内に存在を許され、彼らと同一化する。そして、あたかも目の前でプリズムショーが現在繰り広げられているかのような感覚に陥り、本気でキャラクターに声援を送ろうとする。このようにして、キンプリ・キンプラは二次元と三次元の壁を疑似的に乗り越え、生身の観客と劇中のキャラクターとの距離を限りなく近づけるのである。

 キンプラは、暴力的ともいえる圧倒的な映像の力、つまり画面から放たれる所謂「プリズムの煌めき」で、観客を映画の世界に引き摺りこむ。70分間の上映時間中、嵐に荒れ狂う大海原に放り出された小船の如く、観客はただひたすら映像世界に翻弄される。そして終了後、眩い酩酊感から目が覚めた時、観客である私は、鑑賞前にいた地球とは全く違う別次元の宇宙に飛ばされているのである。
 キンプラを観る前、私が存在した地球という星は青かった筈だったのだが、上映後劇場から出た時には、地球の色が変わっていた(観てない人は、早く地球が本当は何色かを確かめに行ってほしい)。
 しかも、上映時間は70分である筈なのに、体感的にはどう考えても5時間位は劇場にいた。一般相対性理論的に考えると、劇場内で重力の歪みが発生していたとしか思えない。プリズムショーのプリズムの煌めきは、時間と空間を超えた何かなのかもしれない。
(因みに冗談だと思われそうだが、割と本気で感想を書いている。観た人であればこれが真実だと分かってくれると思う。)
 
 簡潔に言えば、キンプリ・キンプラとは「プリズムショー」を行うプリズムスタァを目指す、少年たちの物語である。キャラクター達は実際のアイドルライブのように、プリズムショーを行い、観客達にどれだけ多くの「プリズムの煌めき」により感動を与えられるかを競い合う。
 前作キンプリでは、プリズムショーに魅せられた主人公、一条シンがプリズムスタァ養成学校であるエーデルローズに入学し、一人のアイドルとして成長していく様を描いた。そして今作キンプラでは、プリズムスタァの頂点を決める「プリズムキングカップ」に向けてキャラクター達が技を磨き、互いに頂点を目指す、少年漫画的な熱いドラマが展開される。
(詳細なストーリーについては、『KING OF PRISM』のwikipedia項目等で調べればいくらでも出てくる情報なので、今回説明は省く)

 魅力的なキャラクター達や、友情やライバル関係をはじめとした人間ドラマ、応援上映という三次元的な映像体験などなど、キンプリシリーズの魅力を挙げればキリが無いが、観客をその世界に惹きつけ、何度も劇場に足を運ばせる最大の魅力は、やはり作中のプリズムショーにあると言っていいだろう。

 上述の通り「プリズムショー」とは、アイドルライブとフィギュアスケートを合わせたようなショーであり、各キャラクターの持ち歌や、EZ DO DANCE等の小室哲哉作曲の有名曲に合わせ、CG化されたキャラクターがダンスやジャンプなどを繰り広げるものである。
 プリズムショーには、一応競技として、ジャンプやスピンなどの技量を競う面がある。だが、最も重視されているのは、ダンスと歌を通して、各キャラクターがどれだけ「プリズムの煌めき」を放てるか、という所にある。
 プリズムの煌めきは、一種の美のイデアのようなものだ。観客達は、舞台で踊るアイドルを通して、彼らの中にプリズムの煌めきを見出し、感情を揺さぶられる。一方で、アイドル達は、自らの肉体にプリズムの煌めきというイデアを体現し、結晶化し、より高みを目指して踊る。
 現実世界でも、私たちは美を体験した時、感情を揺さぶられ、本来はそこに存在するはずのない心象風景を見たりする。しかし、それはあくまでも実体のない、自身の内的宇宙で起こる、外部からは不可視の現象にすぎない。
 だが、キンプラではその化学反応を「そこに在るもの」として、大胆に描ききる。プリズムショーで表現される「プリズムの煌めき」は、時間・空間・重力といった物質世界の制約を軽々と乗り越え、本来目に見えるはずのない心象風景や、ときめきといった感情の渦を、その場に形をもって顕現させる。そしてそれはスクリーンと客席いう二次元と三次元の壁をすら越え、映画の観客をプリズムショーの世界に惹きこむのである。
 時空を超えたプリズムの煌めきを浴びた映画の観客達は、魅了され、ただひたすらに翻弄され、恍惚感に満ちた快楽を味わう。
 上映終了後も忘我の状態から抜け出せず、私のように中毒になり、プリズムの煌めきを浴びたいが為に、何回も劇場へと足を運ぶ人も多い。
(これが、キンプリ・キンプラが「電子ドラッグアニメ」と評される理由の一つである)


 と、ここまでプリズムショーについて、自分なりに言葉を尽くして書いたつもりだが、私の文章では、実際の作品の魅力の100億分の1も伝えることはできていない。どんな名文でも、キンプラ一回の鑑賞体験には遠く及ばない。キンプリ・キンプラを実際に観るまでと観た後では、世界が変わるので、見たことのない人にいくら説明をしても限界があるのである。

 前作キンプリの公開時、私自身、オタクでありながら、いかにもキラキラしたアニメの絵柄に抵抗があり、実際劇場で映画を観たのは公開後二ヶ月を過ぎた頃だった。

 「この絵柄のアニメにはいくらなんでもハマらないだろう」と高を括っていたにも関わらず、初めて味わう映像体験に魅了され、見事にハマってしまった。そして「この絵柄が苦手に思う人ほど、キンプリを観て欲しい」と周りの友人知人達に語った結果、友人達も見事にキンプリ中毒者になった。このようにして、前作キンプリは口コミでファン層を広げていったのである。
 女子向けアイドルアニメと思い、侮ることなかれ。映画が好きなのにキンプリを観ないということは、たとえば、女子が書いた手慰みだと思って、ミステリー好きなのにアガサ・クリスティを読まなかったり、SF好きなのにジェイムズ・ティプトリーJr.を読まなかったりするくらい、損をしているのではないか……とすら思う。


 ぜひ劇場に足を運んで、一人でも多くの人に、実際にプリズムの煌めきを体験してほしいと思う。

 


■追記
 この『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-(キンプラ)』は前作『KING OF PRISM by PrettyRhythm(キンプリ)』の続編ということもあり、ストーリー的には前作を観ていた方が分かりやすい。だが、前作を観ないと……という義務感から、キンプラを観る心理的ハードルが上がってしまうのであれば、いきなり今作キンプラから観ても全く問題ない。
 なぜならば、劇場でキンプラを観るという体験ができるのは今だけであり、プリズムショーの感動はストーリーを知らずとも味わうことができると思っているからだ。
(※私は前作キンプリを観てから、スピンオフ元である女児向けテレビアニメ『プリティーリズム・レインボーライブ(以下プリリズRL)』を観ているが、それでもキンプラを観て分からないものは分からなかったし、過去作品を辿ればキリがない。取り敢えずキンプラを観てから、もし気になったら前作キンプリ、プリリズRLを観れば良いと、個人的には思っている)