日々の泡

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【映画】『君の名前で僕を呼んで』に関するメモ

あなたがあなたの名前で僕を呼ぶとき

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 人間の短い一生のうち、ほんの一瞬でしかない出来事が、永遠の命を得ることはあるだろうか。

たとえば、ピンで肢体を打ち付けられた蝶が、標本となり、朽ちることなくその鮮やかさを羽に留めているように。あるいは、今はもう亡き人々が、写真の中では若々しい姿を保っているように。

物語は、ピアノの旋律と共に始まる。同時に、ギリシア時代の彫刻のいくつものスライド達が、スクリーンに映し出される。二千年もの時を経ても、官能的な肉体の魅力を発し続けるこれら彫刻たち。この映画の切り取られた思い出の一部であるとともに、彼らも永遠をその身に宿している存在である。

毎年同じようにして巡ってくる季節は、実は決して同じではない。主人公エリオの、ただ一回の十七歳の夏は、アメリカからの侵入者の出会いで幕を開ける。

 

恋を知らないエリオは、最初オリバーへ抱く気持ちがなにかわからず、彼に反抗的な態度を取る。

バレーボールで好意的に触れるオリバーに反発するが、キアラと踊るオリバーに更に苛立つ、嫉妬と分からずに。誤魔化すようにフランス娘のマルシアと情事をしようとするがうまく行かない。翌朝、当て付けるように朝食の席で父親に話す風に、マルシアとの仲を告白するエリオ。湖に向かう車の中では、キアラとオリバーの仲を検索し、オリバーを怒らせる。

銀行に口座を作りに行った二人。オリバーを待つ間、不安定な彼の心情を、危うげなピアノの鍵盤が鳴る。第一次対戦の彫刻を挟んで、暗に「あなたに知っていてほしい」と、素直な気持ちをエリオが語り、1つのフレーム内に二人は一緒に入り、親密な空気になるが、大人としての節度から、オリバーはエリオを嗜める。その後、エリオの秘密の場所に連れていき、草むらに寝転がり、エリオが最高だと言ったとき、オリバーは大人としての仮面が剥がれ、エリオの唇に指を沿わせ、エリオの唇が彼の指を食む。オリバーの理性が外れ、もどかしくエリオの唇を味わい離れると、今度はエリオが素直に同じように、もっと激しくオリバーを求めるが、自分から求めたくせにオリバーは逃げるように遠ざかる。

朝食時に鼻血を出したエリオをオリバーが追いかけ、二人で話した後、エリオはオリバーへの好意を示すかのように、六芒星のペンダントを着ける。二人の仲がばれてしまう。それが、ますますオリバーの大人としての節制を促すことになったのではないか。

しかし、画面と音楽が、多弁にエリオのオリバーへの気持ちを語る。湖のシーン等だはエリオの視線の先にオリバーを見る。つねに。

そんなエリオの言葉にかわり、ピアノの旋律はあまりに素直。オリバーへの気持ち正体が分からず、心がかきみだされる時は、乱れるように鍵盤がなる。

留守中オリバーの使っているベッドに潜り込み、彼の下着を弄んだり、ベッドに寝転がっている時、帰ってきたオリバーの声がしたとき、高鳴るエリオの鼓動のように、踊るようなピアノの旋律。

小川でのキスの後、オリバーが外出し距離を置かれた時は、胸を引き裂くように、鍵盤が叩かれる。

序盤で二人が同じフレームに収まっている時間は短い。その上、カメラは引きのショットでオリバーを移す事が少なく、エリオから見て、本心が分からずに取っつきにくい印象をオリバーに抱く。

ヘラクレイトス 断片

万物は流転するのではなく、変化することによって永遠を得る

ラスト

暖炉の火影が、泪を瞳に湛えた美しく哀しいエリオの長回しのクロースアップ。そこに「君の名前で僕を呼んで」のタイトルが映る。

エリオ、オリバー、エリオ、オリバー、エリオ、オリバー…。

エリオの中で、互いが互いを呼ぶ声がこだまする。

殆ど二人のクロースアップはなく、引きのショットで風景の1つとして二人の存在が映される。運命ではなく、果実が実るような必然として、焦れるほどゆっくりと、二人の仲が深まっていく。花が開く前の蕾のような、青い色香を持つエリオ。ハンサムな好青年だが、その知性と肉体への自信ゆえに不遜な青年オリバー。

オリバーのクロースアップは、たった3ショットしかない。1つはプールで騎士と姫の話をエリオが話すとき「話すべきか死ぬべきか」→左手にエリオを映したカメラの焦点が、眉根に皺がよったオリバーの顔のクロースアップにほんの一瞬当たり、左側のエリオへと映る。オリバーのエリオへの秘めた想い。

二つ目は、初めての情事の後、二人が朝を川で過ごした後、まるで何事もなかったかのように別々の扉を開いて戻った後。オリバーの斜め左からの顔面クロースアップは、幻を見ているかのような深刻なオリバーの瞳。その後、今まであったことが現実だったかを確かめるように、オリバーは隣の部屋の扉を空け、エリオを呼び、彼を味見する。

三つめは、オリバーとエリオが出発前にモーテルで泊まった夜。酔っ払ったエリオが寝静まった後、オリバーが苦悩するように深く眼窩に影を落とし、エリオとの残り少ない時間を過ごすとき

いずれも、オリバーがエリオに惹かれ、苦悩していたとき。

最後の父の言葉に私も救われる。今はまだこの映画の哀しみに浸っていていいのだと。

オリバーは、あの苦悩に満ちた顔で、告げたに違いない。ヘラクレイトスの言葉→決してもう17歳の夏は巡ってこない。だからこそ、エリオとオリバーの過ごした時は、永遠の命を得る。

君の名前で僕を呼んで [Blu-ray]